短編

満月ラプソディ

1 秋口なので、流石に夕方は寒気を強く感じる。 おれは飲み干した缶コーヒーを誰もいないゴミ箱に捨てた。金属の鈍い音が響く。 カラスがうるさい。落ち込みたいのに、このカラスの鳴き声のせいで落ち込もうにも落ち込めない。「ああ。おれはここまで頑張…

「冷血の鏡子さん」

「あれ。どこいったっけ」 私は夫からもらったピアスを探す。さりげなく揺れるエメラルドがついた小さな小さなピアスだ。大好きな夫からもらったピアス。とっておきのとき――例えば、夫とのデートの時とか――に付けようと思っていたピアス。 今日がそのデ…

パイロット版「希望探偵エス」

オレは冬休み間近の寒空の下、走りながら大声で泣いていた。道行く人々は呆れてオレを見ているだろう。しかし、オレはそんな人たちよりも自分の苦しい心を解放させたくて仕方がなかった。冷たい空気で張り付く喉に咳き込みながら、オレは誰も会いたくない一心…

パイロット版「恩知らずの闇子さん」その2

「北条さん、ごきげんよう。如何お過ごし?」 後ろから、髪の毛を美しく整え、メイクをバッチリ決めたクラスメイト、城鳥蓮華が高笑いしながら、背中を叩き、通り過ぎた。「城鳥さん……。どうも」 月曜の朝という一番嫌いで憂鬱な時間帯に、こんな高笑いを…

「夢のレストラン」

 私は古ぼけて暗い印象の「夢のレストラン」という看板がかかっているシケたレストランのドアを開けた。「いらっしゃいませ」 店内は薄暗い照明の真ん中に椅子が三つだけ並んでいるカウンター席しかなかった。奥にはコック帽にコックコートを着たこざっぱり…

異端者~彼女の行方

後ろから鈍器のようなもので殴られた。目の前に星が飛ぶ。いくら残業でいつもより退社が遅かったとはいえ、油断していたのが悪かった。月明かりが明るかったのも尚更油断を促していた気がする。次にわたしは自分のバッグが引っ張られる感覚を覚えた。とっさに…

そういう世界に生きているのだけど

 村田鮎子はネオンサインが怪しく光るビルの屋上から飛び降りた。 彼女はそう思っていた。しかし、気がつけば、鮎子はビルの屋上で大の字に倒れていた。心臓の音が激しく鳴っている。一体何が起きたのか。鮎子は理解できない。「ちょっと……。まさかここで…

願ったり奏でたり

 誰もいない夜の公園のベンチで、私はさめざめと泣いていた。「どうして! どうして! あんな女にあなたはなびくの?」 私は何かの糸が切れたように、声を大きく上げて泣きはじめてしまった。近所迷惑かもしれないけど、今はそれどころではない。あふれ出…

「おかえりなさい」

わたくしには帰る場所がありません。わたくしには不思議な力――人の願いを叶える力がございます。大抵の人々はわたくしの力で破滅していきました。わたくしは一切罪悪感は感じていませんでした。しかし、だんだん心が苦しくなり、人との関わりを拒絶するよう…