「恩知らずの闇子さん」は、本編を書き始める前に、パイロット版を2編書いてます。
様々なアドバイスを頂いた上で、本編を書き始めました。
その一つをアップします。
改めて読み返すと、二人とも性格が違くてびっくりします。
本編と名字など設定が色々違いますが、基本的な二人の関係は同じでした。
ジャンルはホラーです。っていうか、実質ドール=ガールなのでは?
木曜日は好きだ。好きな深夜番組はあるし、次の日さえ頑張れば土日だからだ。
今日は余裕を持ってスクールバスに乗り込んだ。お気に入りの席に座る。この席からは街の風景がよく見えるのだ。うれしくて微笑む。
「何が楽しいんだか。かわり映えしないだろ、都子。毎日同じ風景なんだから」
胸ポケットに入っているコンパクトミラーがカタカタと何か話しかけてきた。わたしはミラーの動きを抑えたあと、ポケットから取り出し、覗き込む。
普通、鏡には「自分」が映る。でも、この鏡は違う。
「朝からうるさいわねえ、闇子。別にいいでしょう。お気に入りの席なんだから」
そこには不機嫌なわたしの表情ではなく、邪悪な笑みを浮かばせる「わたし」が映っていた。彼女はこのコンパクトに取り憑いている悪霊、闇子だ。悪霊だけどそこまで悪い性格ではないと思う。嫌みな性格で、やっかいごとをよく起こすのではた迷惑だけど。
「あと二日間頑張れば、土日なのよ。あなたには関係のないけど、学生にとっての土日は最高なのですから!」
「んなこと言ったって、あんた、土日も勉強三昧じゃねえか。今週末ぐらいどこか遊びに行こうぜ。ゲーセンとか」
「それはあなたが遊びたいだけでしょう! 闇子! あなたのおかげでわたしに悪い噂がたっているのですからね!」
乱暴にコンパクトミラーをしまった。闇子は騒いでいたけど、無視した。
★
昼休み、一階の教員室に小テストの問題を持っていったときだった。
国語の向坂先生がとてもキレイな万年筆でメモ書きをしているのが目に飛び込んできた。
キラキラと七色に光るペン軸だった。ペン先は金だろうか。学生のわたしですらわかる。これは高価なものだ。
その万年筆の美しさに見とれていると、
「あら。北条さん。どうしたの」
わたしに気がついた向坂先生が顔を上げて、微笑む。
「あ、いや。キレイな万年筆だな、って思いまして」
「そうでしょ。お祖父さんの形見なの。二十年前に死んだんだけど、出てきてね。大事にしなきゃ」
向坂先生は薄らと笑む。
そのとき、カタカタとポケットのコンパクトミラーが震えはじめた。
「あ、先生。小テスト、置いておきますね!」
向坂先生の机に小テストの束を置くと、慌てて教員室を出た。
そしてそのままトイレに駆け込み、コンパクトミラーの闇子を見る。
「闇子! 静かにしてくれないかしら! なんで騒ぐの?」
「いや……気持ちが悪くって……」
「気持ちが悪い?」
闇子は不思議なことを言う。闇子はわたしの目を通してものを見ていて、よくああだこうだ文句をつける。正直うるさい。
そうは言っても悪霊にとっての気持ち悪いってなんだろう。確かに鏡に映る闇子の顔色は悪い。
「それにあの万年筆、二十年以上前のものの割には新しそうに見えるし、デザインもマジで趣味が悪い柄だぜ」
こう言いながら口を押さえる闇子に疑問が浮かんだ。
「ね、闇子。聞いて良いかしら?」
「ああ、どうぞ」
「見とれていたわたしの趣味が悪いって言いたいの?」
「いえす。あれは悪すぎる」
闇子のからかいにコンパクトミラーを割ったろうか、と思ったけど、割ったら割ったらで、闇子は一応悪霊。何かイヤでマズいことが起きそうなので、すんでの所で心にブレーキをかける。
「とりあえず、もうそろそろ昼休み終わっちゃうわ。戻らないと」
ポケットにコンパクトミラーを戻すと、トイレから出た。
そのときだった。
まるでミサイルが落ちたかのような爆発音が聞こえてきた。校舎が揺れる。
「何事だ? 走れ、都子!」
命令形の闇子を叩く。言われなくても見に行くわよ。音がした方向――教員室へ行った。
教員室は地獄だった。
スクールバスが教員室に突っ込んでいたのだ。誰かがバスの下敷きになっているようで、先生方の「救急車!」「消防車!」という怒号が聞こえてくる。
「ひっでえな」
恐怖心から口元を押さえるわたしをしりめに闇子は冷たい声で呟いた。
★
事故に巻き込まれたのは向坂先生だったそうだ。ウワサじゃ先生は意識不明らしい。
さっきまでお話ししてた先生がこんな目に……。ショックは隠せない。
こんな状況で授業は続けられるわけもなく、そのまま帰宅した。ってもスクールバスがないので、うちの道場の最年長の弟子の送り迎えなのだけど。
「ああ、しばらくバス通学できないのかな」
車の中でコンパクトミラーの闇子に愚痴る。嫌みな返しが来ると思っていたけど、
「都子の大好きな木曜日が滅茶苦茶にされたもんな」
意外なことを言ってきた。
「慰めてくれるの」
「まあな」
いつもよりなんだか優しい。
「それでなんだけどさ。あたしさ、犯人をとっちめたいんだが」
「は?」
「あの『ヤバい気』にあてられたのが悔しくてね。深夜でも学校に忍び込もうぜ」
この優しさはここに来るのか……。まあ、わたしも大好きな木曜日を無茶苦茶にされたし、優しい向坂先生があんな目に遭うのも不思議だし、闇子の提案に乗ることにした。
★
金曜日の夜二時。周りは誰もいない。
流石に夜は現場検証は行われていないようだ。あたりは静か。
バスが突っ込んだところはブルーシートに覆われていて、ほんの昨日の昼間で自分がいたって信じられないぐらい書類や机や棚が滅茶苦茶になっているのがなんだか怖い。
「目星はついているんだ」
闇子は楽しげに笑う。
「え、ついているですって?」
コンパクトミラーの闇子を覗く。
「あんたがキレイだって言ったあの万年筆だよ」
「え、どういう……」
「つべこべ言わず、探せ、探せ!」
闇子に急かされ、スマホの明かりを頼りに探し始める。
先生の席より二つほど離れたところにその万年筆はあった。
「闇子。あったよ」
それを手に取ろうとした。
「都子、危ない!」
闇子がそう叫んだ瞬間、わたしの意識は黒く暗転した。
目が覚めると、暗い場所にいた。
「闇子! またわたしをコンパクトミラーのなかに押し込めたわね!」
「仕方がねえだろ。あのままじゃあんた殺されていたんだから。それに、時々身体を貸せ」
雑に言うと、わたしの身体を乗っ取った闇子は、コンパクトミラーを叩く。
この状態の時、肉体の制御は出来なくても、外の状況だけは把握できる。状況が鮮明に見え始めた。
闇子の前には万年筆……ではなく、女性の霊がいた。血塗れている。
「なあ、姉ちゃん。どうしてあの先生を殺そうとしたんだ?」
まるでナンパをするように闇子は女性の霊に尋ねる。
「私の命より大事な万年筆をあの泥棒は奪いやがったのよ」
女性の霊は真っ赤な血を滴らせながら、闇子に近付く。
「泥棒が私の全財産を奪って、そのうえ命まで奪ったのよ! 許さない許さない!」
「許さないって言ったってさ。あんたの敵――泥棒はあの女先生じゃねえよ」
「あんたもあの女の味方をするわけ? だったら、あんたも敵よ!」
「コイツも話を聞かねえヤツかよ」
闇子は舌打ちをする。
霊は宙に浮くと、諭す闇子に覆い被さってきた。
「そんなもの、効くと思ったか!」
闇子は霊を足蹴りすると、万年筆の元へ行き、
「闇の力を以て天誅を下す! あの世には持って行けないものへの執着はやめな!」
と叫び、手刀でペン軸を割った。
霊は絶叫すると、そのまま消え去った。
「ふう。一仕事終わり」
闇子は微笑んだ。
★
向坂先生は無事意識を取り戻した。
わたしはクラスの代表で見舞いに行った。先生は笑顔で本当はあの万年筆は曰く付きで格安で買ったものだと白状した。
「そんなことだろうと思ったよ。あの霊の話じゃ強盗されたものだし。犯人捕まっているといいよな」
闇子は気怠そうに呟く。
あまり長居しちゃマズいと思い、早々に帰ろうとしたとき、
「先生ね、呪われた万年筆が襲いかかってくるのを北条さんが壊して、助けてもらった夢を見たのよ。夢だけどお礼を言っておくわ。ありがとう」
微笑む先生にわたしはただ引きつり笑いしか出来なかった。