「ありがとう」
こう繰り返し頭を下げる老女に、
「いえ、神々にお祈りをする手伝いをするのがわたしたち神官の仕事。こちらもお役に立ててうれしかったですよ」
小礼拝堂の前で神官長の孫娘で次期神官長のゼフィは老女の手を握る。
神殿で働くぼくら神官の主なお仕事は、彼女が言ったとおり、神様にお祈りをしたり、民間人のお祈りのお手伝いをしたり、決まった時期や時間に儀式をしたりすることだ。でも「主な」と言ったのにはワケがある。その理由はぼくの手に握られた竹箒だ。
「掃除しなきゃ」
ぼくは小さく独り言をすると神殿の中庭の枯れ葉を再び掃き始めた。神殿内の掃除は地味な仕事だけど、ぼくは結構好きだ。神殿がきれいになるのは気持ちが良い。これで焚き火をして焼き芋ができたら最高なんだけどなあ、とか思うけど、神殿のど真ん中で焼き芋の匂いがしたらさすがに怒られる。
枯れ葉をすべてボロ袋に入れ終わった。袋は蛙のようにパンパンに膨れ上がっている。屈んでの作業はいくら小柄なぼくでも腰が痛い。反るように腰を伸ばす。
「はあ。疲れた」
小さくぼやいたぼくの言葉に、
「そんな辛気くさい声を出すと幸運が逃げるわよ」
振り返るとさっきの豪華ものから普段の神官装束に着替え終わっていたゼフィが笑いながら、ぼくに近付いてくる。ぼくは、
「さっきはお疲れ様だったね。最近、やけにゼフィの仕事が多い気がするけど、気のせいかな」
何も考えず、軽い調子で笑む。
「そうね。おじいちゃんが倒れたっていうのもあるかもしれないけど、それだけ仕事が任されているからだわ、きっと」
口元を押さえるゼフィは肩で笑っている。編み込みのあるハーフアップの明るい茶髪が楽しげに揺れる。
「間抜けなあんたの顔を見ていると、緊張が解けて疲れが出てくるわ」
ゼフィはそう言うと気怠げな顔になる。それから大きく背伸びをすると、
「せいぜいアヴァロンもわたしみたいな一流の神官になって出世しなさいよ」
ゼフィはぼくへ指さしすと、
「じゃあ、ね。また明日」
と言って、手を振り、中庭を出た。
ぼくは腕時計を見た。時間は夕方六時を指していた。あと一時間で夕餉がはじまる。ぼくは急いで落ち葉をゴミ捨て場に持っていかなきゃとボロ袋を抱えた。
★
三日後。
「ちょっと! アヴァロン! 話を聞いてよ!」
大層ご立腹な様子のゼフィは神官宿舎のぼくの自室に来てこう言うなり、ぼくの胸ぐらを掴んだ。勉強のため机に広げていた教科書とノートが床に落ちる。その拍子でコンピュータの電源も落ちた。画面が真っ暗になる。
「突然何さ? 話を聞くから、ちょっと待って!」
ぼくはゼフィを剥がす。よく見るとゼフィの服装は豪華な神官装束のままだ。
「一体どうしたの。そんな格好のままでさ。何かあったっていうのさ?」
「何かあったの、じゃないわよ。あったから怒っているのよ! 全く、あのじじい。身勝手で失礼にも程があるわ!」
とりあえず、この状況はぼくにあらぬ疑いがかかりかねないので、宿舎の食堂に連れて行き、
「ゼフィ。一体なにがあったの?」
と、ゼフィに水を飲ませ、落ち着かせた。
「あー。お水ありがとう。ちょっと気持ちが楽になったわ」
椅子に座ったゼフィは、そう言って空のカップをテーブルに置く。そして、
「あのね。国会議員のコリエ・ヒルって知ってる?」
怖い表情でぼくに尋ねる。
「うん。新聞によく載っているよね。野党の党首だっけ。まあ、それしか知らないけど」
ぼくは素直に答える。
「そう。わたしも一国会議員でしかないと思っていたのだけど、あんなに高慢ちきだとは思わなかったわ。礼拝するとき、わたしになんて言ったと思う? 大統領の行動は国民を傷つける、だから神による正義の鉄拳を下せるようにお願いします……って言ったのよ! どんな理由であれ、神に他人の不幸を願うなんて! 無礼にもほどがあるわよ! ブチ切れて礼拝堂から出て行ってしまったわ」
ゼフィは流れるように不満をぼくにぶちまける。
ぼくとゼフィ――ゼフィリーヌとは小学校からの付き合いだ。親がおらず、その上唯一の家族だった姉を「血の大火」という大事件で亡くし、孤独となったぼくと代々神官長というエリート家系のゼフィとは家柄的に決定的な大きな違いがある。それなのにゼフィはいつもぼくに絡んでいる。理由はわからない。憐れみからかな、とひねくれていた時期もあったけど、どうやらそうではないらしい。とにかく彼女は大学を卒業した今もいつもぼくをひっかけまわす。今回もそんな感じだ。
「ちょっとアヴァロン? 話を聞いてる?」
ゼフィはぼくの顔を訝しげに覗き込む。
「ああ、うん。聞いているよ。身勝手な政治家に怒ったって話でしょ? 確かに許せないけど、そいつはその程度の人間だったってわけだから……。怒ったって仕方がない。このままじゃゼフィの身が持たないよ」
苦笑いをするぼくに、
「仕方がないわけないわ。もし、そう思っているって言ったってさ、このゼフィリーヌを巻き込まないで欲しいわ。お星様か悪魔にでも願っていなさいよ。少なくてもわたしの前でそんなことをしないで頂きたいわね!」
ゼフィはテーブルを思い切り叩く。食器がこすれるイヤな音が鳴った。
正義感が強く、自分の気持ちに素直なゼフィがぼくは大好きだ。もちろん彼女に憧れるのだけど、ぼくは単純なので、ゼフィのように感情を上手に表現出来ない。ぼくはそういう性格(キャラクタ)だ。仕方がない。
「はあ。アヴァロン、あんたに吐いたら、ずいぶんと楽になったわ。お水もありがとう。じゃあね」
表情が明るくなったゼフィは立ち上がると、ぼくに手を振り、食堂を出た。
「お前さん。またゼフィリーヌさまに付き合っていたのかい? 飽きないね」
スキンヘッドが輝く寮父が明るい調子でぼくの頭を撫でた。その手は何か機関(からくり)を弄っていたためか真っ黒な油まみれだった。ぼくの銀髪が黒くなるのではないかと思うと、ちょっとだけイヤな気持ちになった。
★
翌日のことだ。
神官としての仕事のお祈りをするため、大礼拝堂に行こうと猛ダッシュしていたときだった。ややのんびり屋のきらいがあるぼくは、こんなことにならないように気をつけてはいるものの、遅刻しそうだ。もっと急がないと今日も遅刻になる。
あと少しで大礼拝堂だ。腕時計を見ると時間まであと二分ある。どうやら間に合いそうだ。
ぼくは深呼吸をして、大礼拝堂のトビラを開けようとしたそのとき、ぼくの肩を思い切り掴まれた。びっくりしてバイブルを落とす。
「やあ。そこの銀髪のキミ。話を聞いてくれないか? ねえ」
振り返ると、白く長いひげでビール腹のシニア男性と無表情のメガネをかけた男女が目の前にいた。
そのとき、お祈りが始まる鐘の音が鳴った。ああ、今日も遅刻だ。もう諦めよう。
ここは小礼拝堂。室内は小さくとも色鮮やかなステンドグラスと神々をかたどった像が神々しく輝いている。
「さて。お前さんをここに呼んだわけはな。神に願掛けをしたくてな。お願いできないかね?」
ひげ面のじいさんはフガフガと笑っていながら厚顔無恥なことを言ってのけた。後ろのメガネ二人は相変わらず無表情だ。
「は……はあ。神への願いって言うと……?」
戸惑うぼくに、
「私は国会議員のコリエ・ヒルってものなんだ。神官長の名代という女の子が最初祈ってくれていたのだけど、願掛けもって頼むと怒っちゃってね……。寄付金が足りなかったのかなあ。まあ、神様にお願いできるのなら、そこら辺の神官でもいいか、ってことで、キミにしたんだよ。キミ程度ならお金もかからないだろうし」
「はあ……」
ぼくはただ戸惑うしかない。この目の前のひげが、昨日ゼフィがぶち切れた相手ってワケか。そら、キレるよな。こんなふうに人を小馬鹿するじいさんのために祈るなんてぼくだってごめんだ。
「それはそうと、ここの神官が真剣に祈るとどんな願い事も叶うって聞くんだが、本当かね?」
ぼくは心臓に氷の刃が刺さったように感じた。
そう。あまり知られていない――いや知られてはいけないのだけど、ぼくたちが「力」と呼んでいる能力を使えば確かにそれは可能だ。
「力」はいわゆる世界を変える「意志」だ。例えば、全く何もないところに炎を出そうと思ったとしよう。普通はマッチやライターなどの道具が必要となる。しかし、「力」を持った人は世界を「炎をこの場所に出そう」という意志「だけ」で出すことが可能なのだ。
研究者は脳に違いがあるのではないか、とか言っているけど、未だ謎の分野である。もしこの「力」が解明されたら世界的な賞が絶対に取れるだろう。それぐらい謎の分野だ。
「力」と呼ばれる能力は大なり小なり差があれど、全世界人口の0.002%ほど存在していると言われている。そしてこの「力」を持つ人間の大半は神官として活動している。この「力」を持つ者は人ではないという差別的扱いを受ける国や地域もあるので、個人的にコレはある種の隔離だと思っているけど……。まあ、それはともかく。その中でもごく一部の強い力の持ち主はどんなに無理な願い事を叶える――つまりは人間の運命を強制的に書き換えることが可能だ。
だからこそゼフィは怒ったのだ。ゼフィは「力」を持つの神官の中でもぼくが知る限り最強の「力」を持っている。そしてむやみやたらにその「力」を使わないように自分を律している。もし自分の欲に任せて「力」を使ったら世界を崩壊しかねない――彼女はそれぐらい恐ろしいものと自覚しているのだ。
ぼくはどうなのかというと、測定した結果、ぼくにもゼフィに負けないぐらいの「力」を持っている。「力」のコントロールもゼフィに負けず劣らず上手いと自負している。でも、生まれつきの性分がのんびり屋でお人好しで単純ってこともあって、そんな風に見られていない。華奢で容姿も女顔の優男なのでそれに拍車をかける。トクなのかソンなのか時々悩む。まあ、変に気取っているように扱われるよりは気楽でいいかな、って最近思うようにした。考えたって自分の容姿はなかなか変えられないし、母から貰ったこの銀髪をなかなか気に入っているので、これでぼくなんだ、と自信を持って言える。
とにかく、目の前にいるコリエ・ヒルはぼくらとぼくらの能力について気軽に考えすぎだ。何も分かっていないくせに偉そうにぼくに命令しやがって。話を聞いていくほどにイライラが増す。
「さて、青年よ。どうかね? 叶えてくれるかね?」
ニタニタと気持ち悪い笑顔をするコリエ議員に辟易しながらも、この場をどう切り抜けようか悩む。このオッサンのために力を使うのは癪だ。「力」を使うつもりは毛頭ない。
一分間考えた結果、
「分かりました。神々に祈らせて頂きます」
ぼくはコリエに頷いた。コリエの表情は一気に明るくなり、
「ありがとう。青年! これであの大統領に一泡吹かせることができる!」
とぼくの両手を掴み、子供のようにはしゃいだ。
★
それから四日後。
「アヴァロン! ちょっと、話を聞きたいのだけど?」
寮の食堂で昼餉をとっていたぼくにゼフィは話しかけてきた。ゼフィが恐ろしい表情で、
「あんた、見損なったわよ! あの国会議員の願いを叶えたんですって? お礼の手紙が届いたわ!」
と大きな声で怒鳴った。食堂のテーブルに手紙を叩きつける。誤解を解かねば、と慌てて、サンドウィッチを牛乳で流し込むと、
「ぼくはあいつの願いを叶えていないよ。そのフリをしただけ」
あれから三日間徹夜したせいで眠気が強い。ぼくはこう弁解したあと、おおきなあくびをした。
「フリですって?」
「そう、フリだよ。どうせ、力を使ったらどんな風になるか、トーシロは分からないでしょ? だからそういうフリをしただけ」
ぼくの言葉にゼフィは安堵の表情をし、
「ああ、よかった。あんたがそんなヤツだって分かったら世界を滅ぼすところだったわ」
ゼフィったら、恐ろしいことをカジュアルに言うなあと苦笑いをする。それからなるべく真剣な顔を作り、
「でも、ぼくはこのままでは終わらせるつもりはないよ。実はね、今日お暇を貰ったんだ」
と言って、立ち上がり、手元にあるリュックサックを背負った。
「そういえば、神官装束ではなく、私服なのは気になっていたけど……。何をするつもりなの」
不思議な表情のゼフィに、
「ああ。ちょっと国会義堂に行くんだよ」
「は?」
もっと不思議そうな顔をするゼフィに、
「ぼくは復讐しに行くんだ。じゃあね」
食堂のトビラに手をかけたとき、ぼくの背中のリュックから強く引っ張られた力がした。
「ちょっと待ちなさいよ。わたしにも復讐させなさい。わたしたちの能力をバカにされるのは悔しいの度を超えているわ」
ゼフィはエメラルドの目でぼくの水色の目をじっと見て、溜息をつくと、
「わたしもついて行くわ。十分間待っててちょうだい」
そう言って、バタバタと騒がしい音を出しながら、食堂から出た。
彼女はワガママなほど行動的だ。もし彼女を置いて出て行ったら、帰ってきたとき瀕死になるまで殴られるだろう。ぼくは彼女を待つことにした。
★
ぼくらは首都に向かう列車に乗っている。枕木のせいで一定間隔に揺れる線路の音はぼくの眠気を誘う。睡魔と戦いながら車窓を見る。景色は時間が経つほどに人工物が増えていっているのが分かる。
「ねえ。アヴァロン。復讐っていっても、どんなことをするわけ? もしかしてテロでもしようと考えているわけ?」
駅弁を頬張るボーイッシュな私服のゼフィに、
「んー。少なくても武力的なテロではないよ」
大きくあくびをしながら答える。眠い。一人だったら眠っているんだけどなあ。
「アヴァロン。あんた、一体何を考えているのさ……?」
ゼフィは呆れた顔でぼくを見た。
★
ぼくらの目の前には豪華絢爛な国会議事堂がある。
「アヴァロン、復讐の相手って一体誰なの?」
「コリエ議員にアポはとってある」
ぼくは気軽に笑う。
「ふうん。答えになっていないけど、まあいいわ。とりあえず任せるわよ。何かあったら、わたしを守りなさいね?」
勝手についてきて何を言っているんだか、って思ったけど、まあ一人で行くよりは心強いからまあいいか、と諦めた。
「やあ。時期について聞いたら盗聴で聞かれるかもしれないって言っていたから、わざわざ呼んだんだが……。いつになったら、あの大統領が失脚するのかね?」
ここは国会議事堂の隣にある議員会館の一室。コリエ・ヒル議員がフガフガと偉そうな笑いをしながらぼくらを出迎えてくれていた。
「次の国会のときですよ」
ぼくはあらん限りの笑顔でコリエ議員を振りまく。
「ねえ、アヴァロン。適当なコトを言っているじゃあないわよ」
ゼフィはぼくに耳打ちする。
「適当じゃないから大丈夫」
ぼくはそう言って、大げさに手振りをする。その瞬間、豪華な木目デスクに積んであった書類の束がぼくの腕に当たり、ドサドサと落ちた。
「ちょっとアヴァロン! 一体なにをやっているの?」
ゼフィはぼくを責めながら、落ちた書類を拾う。
「ああ。ごめんごめん」
ぼくも書類を拾いはじめた。
すべて書類を拾ったあと、ぼくはコリエ議員に頭を下げる。コリエ議員は簡単に許してくれた。
「もうそろそろですからね。楽しみにしてください」
ぼくはそう言って一礼して。コリエ議員の部屋から出た。
★
「ねえ、アヴァロン。今のが復讐ってワケじゃあないわよね?」
用事が終わり、帰りの電車でゼフィはぼくに訝しげな表情で尋ねる。
「うーん。復讐のはじまり、かな。比較的平和な時限爆弾を置いてきたんだ」
ぼくは一仕事を終えた開放感から空腹になり、二つ目の駅弁を食べていた。
「はじまり?」
ゼフィは不思議そうな顔をした。
★
それから一ヶ月後の午後。
「アヴァロン! 見つけた!」
お祈りの時間が終わり、今日は遅刻せずに済んだと安堵していたとき、突然ゼフィが現れ、ぼくの胸ぐらを掴んだ。
「突然、なんだよ」
「テレビを見なさいよ!」
戸惑うぼくの腕をゼフィは掴むと、神殿の隣にあるゼフィの家の応接間に連れてこられた。相変わらず広いなあ。
「ちょっとボーッとしてないでよ。テレビを見て見て!」
ゼフィは強制的にぼくの顔をテレビに向ける。
テレビは国会を映していた。しかし、淡々と審議をしているのではなく、殴る蹴るの大乱闘していた。次の瞬間、映し出されたのは大統領とコリエ議員だった。ふたりはすでに血塗れだった。それもなお、激しく殴り合いをしている。
「アヴァロン。コレを見て、何か言うことあるでしょ?」
ゼフィはぼくを睨み付ける。
「ああ。あるね。結果が平和的じゃあなかったなあって、これ」
ぼくはのんきに笑う。
「ちょっとふざけているんじゃあないわよ! 平和的じゃなかった、じゃあないわ。あんたがした復讐って大統領とコリエ・ヒル、どっちの汚職、スキャンダルの暴露だったのね! TVで大統領の賄賂の映像とかコリエの子供には見せられない不倫とかの映像が思い切り流れたわ! もしかして何かしら『力』を使ったの? もし、そうなら怒るわよ!」
怖い顔をするゼフィに、
「いや、今回は全く『力』は使っていないよ。ちょっと情報を得るために骨が折れただけ」
ぼくはテレビを消す。
「情報を得る? どういうこと?」
首をかしげるゼフィにぼくは楽しくなっちゃって、
「コリエのメガネの男女……秘書の二人にコリエの不正についてカマをかけて情報を得てから、三日間首都に通い詰めて大統領とコリエ・ヒルの不正の決定的な証拠を見つけたんだ。それを光学ディスクに焼いて、コリエ議員の部屋に落としてきたんだよ。最初は大統領の不正が流れるようにしていて、しばらくするとコリエ議員の不正が流れるように仕掛けを作ってね。大統領はついでだよ。ちょうど見ちゃったから、良い隠れ蓑になるかなって思って」
と笑いながら言った。
「まさか、あのとき、書類を落としたのはワザと……?」
ゼフィは口をぱくぱくさせる。
「コリエ議員の大統領失脚の願いも無責任な政治家への復讐も『力』を使わずに出来て、ぼくは満足だよ」
「アヴァロン。あんたって時々背筋が凍るほど恐ろしいことをやってのけるわよね」
ゼフィは頭を抱える。
「ぼくは本当にぼくらの『力』を私欲で使おうとしてたのが許せなくてね。ついでに言っておくと、姉さんが死んだ『血の大火』は国家転覆を狙うアナーキストと政治家の抗争なのは知っているでしょ? それに国民から選ばれているのに、受かったら、さも自分が一番偉い風に振る舞うし。まとめると、今回のことを含めて、ぼくは政治家全体を信用していないんだ」
「だから許せないわけ?」
「ぼくは単純な人間だからね。あの大火で姉さんが死んだ。ぼくの姉さんを間接的でも殺した。あいつらを許せない理由はそれだけで十分だ」
ぼくの目頭が熱くなった。ゼフィはぼくの背中をさすってくれた。