第十柱「素の自分」

ここは県立敬貴高校の校門前。
「って訳でさーオレは素の自分を出し切っていないワケよ! 分かる? ねえ! ひびきちゃあん」
敬貴高校の学ランを着た刈り上げ頭の少年が、同じ敬貴高校のセーラー服を着ている茶色のポニーテール少女の篠座ひびきに、まるで酔っ払ったオッサンのような勢いで絡んでいた。
「うっさいわね、山崎ッ。人の名前を気安く呼ばないでよっ。そして、ベッタベタさわんなーっ。気色悪い!」
ひびきが山崎と呼んだガタイのいい少年をひっぺはがした。そして、彼女は息を荒くすると、
「まーったく! この鴑変態が! 素の自分なんてそこら辺にあるわ。探してみなさいよ、出来るモノならね!」
と叫び、校門を出ようとすると、誰かにぶつかった。
「あっ……お邪魔しちゃった……?」
それは黒いワイシャツに黒のチノパン姿の古森だった。ひびきは、古森に
「うっさいわねっ。何のようなのさ? コモリ」
「フルモリ、だからね。まあいいや。あの。ひびきが携帯忘れたってマスターが。はい」
そう言うと、古森は古めの携帯電話を渡した。そして、古森はいたずらな笑みを浮かべて、
「これから、カレとどこかに出かけるのだったら……お邪魔はしません」
ひびきは顔を真っ赤にして、
「だーっ! 違うってば! あたしはもう帰るわよっ。ちょっとコンビニに寄るから、先に帰って、おじさんに伝えておいて。あんたも仕事あるでしょ?」
ここまで一息で言うと、大きく息を吸い込み、一睨みして、パチンと古森の顔をひっぱたいた。そして、顔を隠しながら、校門を過ぎた。
古森は頬を擦って、彼よりも二〇センチ近く身長の高い山崎の方を見た。
山崎はあきれた顔で、古森に聞いた。
「あんた、ひびきのなんなのさ?」

あれから、三十分後、山崎と古森は駅の近くにあるファミレスにいた。ドリンクバーで古森は甘めのアイスコーヒー、山崎はコーラを席まで持ってくると、二人向かい合った。
山崎は咳払いをすると、
「で、古森はひびきのおじさんの店で働いているバイトってワケか」
と訊いた。
「うん、そうだよ。で、そういう山崎は、ひびきのクラスメイトってこと? 中学からの」
「ああ。そうだ。んでさ、最近アルバイトになったのなら、お前は知らないかもしれないけどさ。ひびきって、不思議な力あるんだよ。でさーその力でオレの本当の力を引き出してもらおうと思ってね。でも、ひびきったらさあ、あんたのために使うものですか! って聞かないんだよー。照れ屋さんだよなあ。あいつ」
「は……はあ」
山崎はこう勢いよく話す。古森は軽く返事をし、少し首をかしげてこう言いかけた。
「で……。君は一体何がしたいの? そもそも、ひびきはそういう事はしな……」
しかし、その言葉に被さるように山崎は力強く
「本当の自分を出したいんだよ! 自分の素の姿で過ごしたいんだ」
と言い切った。
「自分の素の姿で過ごしたい……何でそう思うの?」
古森の質問に山崎は顔を赤らめ、
「好きな人に……告白……したいんだ……。オレはこんな軟弱じゃないんだ。本当は堅物なんだよ。小学校からのつきあいのやつだけど、もっと自分を知って欲しいって思って」
その返事に、古森は、うつむいて深く考え込み、そして、こう言った。
「ん……それが君の願い事なのだとしたら……ボクが叶えられるよ」
「えっ。えーっ。お前が、かあ? ふざけたことを言っているんじゃねえぞ?」
「ふざけてないよ。ボクはそのために存在しているんだから」
山崎は腕を組むと、三〇秒ほど考えて、
「ひびきと違って、金は取らないよな?」
と恐る恐る訊いた。
「うん。人間の喜ぶ顔が見たいだけなんだよ、ボクは」
古森は答える。山崎はぱあっと笑顔になり、
「じゃあ、よろしく頼むよ」
と返事をした。
「それでは、いくね」
古森はそう言うと、パチンと指をはじいた。

ファミレスで古森と別れた山崎は、何が一体変わったのか分からなかったが、素の自分を出すことが出来れば、あいつにも告白できる! と、妙な自信がこみ上げてきたのだった。
山崎はそんなウキウキ気分で、家の近所の商店街へ向かって、軽い足取りで歩いていく。
しばらく商店街を歩いていると、山崎は周りの人々が山崎の方を注目している事に気がついた。
妙な違和感を覚えた山崎は、通りかかった彼の母親の友人に、声をかけた。
「おばちゃん、オレの顔に何かついているか?」
友人は、大声を上げて、ケタケタと笑うと
「そりゃあ、大きな声でさ、大竹口ちゃんのことが好きなんて言ったら……そりゃあ……ねえ」
と言い放った。
山崎は顔を真っ赤に赤らめ、
「あっ……えっ……」
と挙動不審にならざる得なかった。
「オレいつそんなこと言ったっけ? ですって? あんた……あまり自分の思ったことをそのまま出すのは、よくないよ」
母親の友人は、山崎の肩をポンポンと叩くと、
「がんばれ」
と憐れみの顔を作った。
山崎は半泣きで、その場を去ろうとした。しかし、その刹那、頭にものすごい衝撃を覚えた。山崎は後ろを見ると、顔を引きつらせた大竹口文子と篠座ひびきがいた。

「古森さん! なにやってくれちゃってるのさ! 言われているこっちまで恥ずかしいよ!」
喫茶『がじぇっと』でカップを磨いていた古森に、文子はつばが飛ぶぐらい勢いよく叫んだ。
しかし、古森は全く表情を変えずに、
「だって、山崎は素の自分を分かって欲しかったんでしょ? ボクはその願いを叶えただけですよ。分かってもらえてよかったじゃないですか」
と言い切った。
「だーっ。だから! その力をむやみやたらに使うんじゃないわよ!」
ひびきは古森の胸ぐらをつかみ、ヒステリックに騒ぐ。
「その力……?」
ひびきについてきた山崎は、顔を真っ青にしてその言葉を反芻した。ひびきは、山崎の方を見て、
「こいつはねえ、人間じゃないのよ。つまりはね、あたしたち基準で物事考えてないの。こいつに頼み事をするなんて、愚の骨頂よ」
「それはひどい言いぐさだなあ。ボクとしたら、みんなの願い事を叶えるためにがんばっているっていうのにさあ」
古森はひびきの腕から抜け出して、そう言った。
山崎は大泣きしながら、古森に
「古森ぃ……本当のオレはこうじゃないんだよ。こんな軟派じゃないんだ。本当のオレをみせてくれよ、なあ?」
と頼み込んだ。
「それは、君の願いなのなら……」
古森はそう言うと、指をはじいた。
「あっ。あーっ。古森さんったら。相も変わらず……」
文子は深くため息をついた。

山崎はハタと我に返ると、真っ暗の中で、サワサワとした声がたくさん聞こえてきた。
「山崎君って、顔はイケてるけど、性格は気持ち悪いよなあ……。変質者って言うか……中二病っていうか……なんか……気持ち悪いんだよ……存在が」
「言ってることがすべて痛い」
「いつも、女の子の尻追いかけ回すって……気色悪いよ……。そのくせ、オレはモテてるみたいな言動ってホント頭どうかしてる」
「山崎っていつもあたしの後についてくるけどさ……本気で気持ち悪いわ」
山崎の耳には、クラスメイトの声が聞こえてくる。すべて、彼にとってネガティブな事ばっかりだった。中にはさっきのおばさんの声も聞こえる。
「山崎君って、体つきはいいのに、考えていることは、スケベなんだよねえ。アハハハハ」

「うわああああああああっ」
山崎は、思い切り叫び、床を転げ回りはじめ、そして、苦しそうにうめき声を上げた。
「もう。もう。こんなの夢であってくれ! オレはこんな気持ち悪い……気持ち悪くなんか……」
山崎の顔からだんだん表情が抜けていく。
「ん……じゃあ、今日のことは、夢であって欲しいわけか。それが君の最後の願いなら……叶えるよ」
古森は思い切り指をはじいた。

気がつくと、山崎はベッドで寝ていた。
携帯電話を開けると、まだ朝の四時。日付は変わっていない。
「えっ……時間が……戻った……?」
山崎はベッドの上で、頭をかくと、
「ああ……そっか。アレは夢だったのか」
と自分自身を納得させた。

そして、その日の放課後、山崎は校門前で、ひびきを見つけると、
「ひびきぃ……。あのさあ……」
と話しかけようとした。しかし、ひびきは誰かと話し込んでいた。
「あっ」
山崎はひびきと話している古森を見て驚きの声を上げる。
古森は、山崎に気がつくと、
「ああ、これでよかったんだよね?」
と微笑んだ。
ひびきは、
「あら。あんた、山崎のこと知っているの?」
と驚いた。