能力質屋十六夜M4:第一話「銀龍アヤ登場!」

秋の六時過ぎ。紅葉はもう終わっていて、木々は裸となっていた。日はとうに暮れ、街灯が煌々と光っている。風は涼しく、頬を撫ぜた。
わたしは中途半端な時間で誰もいない公園のベンチで大きく溜息をついた。そりゃ、そうだ。三ヶ月前に勤めていた会社から戦力外通告を受け、未だに再就職先が決まっていないからだ。カッコ良く言ったが、ようはクビ。失業手当もそろそろ終わるし、預貯金もそろそろ底をつく。溜息の一つもつくに決まっている。
わたしは空腹を覚え、お腹をさすった。
「おいしいものでも落ちていないかな」
この恥ずかしい独り言が誰かに聞かれていないか、熱くなった顔をさすりながら、わたしは立ち上がると、少しでも明るい場所を求めて、繁華街へと向かった。

わたしは様々な店のメニューを見て回った。やはり、価格設定は高めだ。これなら、スーパーマーケットを巡って、半額の弁当を買った方が良かった。今から向かっても、もうたいしたものは売っていないだろう。ああ、今日の夜は断食かな。
そう思って、通りを歩いていると、若干薄暗い店を見つけた。
「アビリティショップ・質屋十六夜M4」
看板の文字にわたしは目を奪われた。
そうよ! 質屋に行けば良かったのだわ! 手元にあるこのカバンは買ってまだ半年だ。高値までは行かなくても、そこそこの値段で売れるに違いない。
わたしは意を決して、重たい店のドアを開いた。

「いらっしゃいませ。お客様」
店主と思われる女性がわたしが入ってきたのを確認すると、新聞――どうやらローカル紙――を畳んでいた。
「これって、売れる?」
わたしはカバンを店主の前の机に勢いよく置いた。
店主はわたしのカバンを一瞥すると、
「いいえ、こちらでは出来ませんわ」
こう冷たく言い放った。
「なんですって? ここは質屋でしょ? それにこれはまだ新しいバッグよ。しかも、ブランドものよ。鑑定もせずに、そんな対応は酷いわ!」
わたしは声を荒げる。
「こちらでは出来ませんと申し上げてるだけですわ。この店はそのようなもので質入れはできませんの」
店主はまじまじとわたしの目を見た。
店主の二重の瞳は水色だった。色白の肌に高い鼻でとても美人だ。長い椿黒の髪はポニーテールにしていて、スレンダーな身体によく似合うブラウスにベストとスラックスを着ていた。
なんとなく異国情緒あふれる感じのある女性だ。年齢はわたしと同じくらいか。
「この店は、アビリティ、いわゆる能力の質屋ですの。あたくしの見立てでは、あなたには質入れできるようなアビリティはないようですわね。さっさとお引き取りくださいませ」
黒髪の女性は立ち上がると、無表情で深々と頭を下げた。
「ちょっと、それがお客に対する対応?」
わたしは抗議をするが、
「あなたさまはあたくしのお客さまではございませんので」
また深々と頭を下げる。
「はん! なら、こっちから願い下げよ!」
わたしはカバンを乱暴に持つと、店のドアを勢いよく開けようとした。
しかし、ドアは勝手に開いた。
「すんませーん」
外からわたしより随分と年上の男性二人組が入ってきた。一人は秋にはやや寒そうな薄汚れたTシャツを着た細身、もう一人はやつれたスウェットを着た太った男だ。
「おや、いらっしゃいませ」
女性はわたしを押しのけると、さっきとは打って変わって満面の笑みで頭を下げた。
「こちらはアビリティ質屋、つまりは能力を売ったり、買ったり、担保にしたりできる場所ですわ。どうやら、あなた方はなにかお困りの様子ですわね? どうぞ、おかけになってください」
男性二人はお互いの顔を見合った。イスには座らず、
「本当にあったんだな……」
「ああ。ここで笑いの能力を手に入れれば……」
男性たちは満面の笑みでそう言うと、黒のポニーテールの女性に、
「おれたちは漫才をやっています! でも鳴かず飛ばず! だからおれたちに面白いネタが思いつくような能力をください! 金ならこれだけあります! やましい金ではありません!」
黒いナップザックを押しつけた。
「は……はあ」
女性はやや戸惑った様子で、その中身を見る。わたしもこっそりその中身を見る。大体中ぐらいのグレードの新車が一台買えるぐらいの金額か。
「お金で能力を買うのは……難しいですわよ。最低でも一等地に家を一軒買うぐらいの値段が必要ですわ」
女性は男たちにナップザックを丁寧に返す。男たちの顔は真っ青になっていた。そりゃあ、そうだよなあ。誰も住まない鴑田舎じゃないと、その金額では家は買えない。
「な……なら、どうすればいい? 何だってする! 売れるためなら!」
男たちは女性に食いつく。女性は首をひねると、
「そもそも、売れる、とはどういうことでしょうか」
静かに聞いた。
男性たちは、黙ってしまう。
「ネタで勝負といっても、目立たなくてはたとえ面白くても、注目されません。そういった意味で、『目立つ能力』をオススメしたいのですが」
女性は無表情で男性を見る。彼らは黙ったままだ。
「もし、お金がないのであれば、そうですねえ……。能力を売って能力を買う、というのはどうでしょうか? あくまでご提案ですが」
と、うっすらと笑った。わたしの背中に悪寒が走る。
「で……でも。おれらにそんな売れるような才能はあるのか?」
男性は再びお互いの顔を見合って、首をかしげる。
「ありますとも! 凄く高く取引されていますのよ。『愛される能力』は」
「『愛される能力』?」
「ええ。お金があっても愛されない方々がこぞって買っていきますわ。如何なさいますか?」
女性の水色の目はキラリと光った。
男性二人はお互いの目を見て頷くと、
「ああ。売るよ。悪魔に魂を売ってもいい。金輪際、愛されなくてもいい。元々おれらは笑いに魂を売っている。職も家族も何もかも捨てた。これ以上引き下がれない状況なんだ」
「そうですか。なら、こちらへ」
女性は、赤い天鵞絨のカーテンに男性たちを誘導した。その中に入った男たちは、
「うわっ。なんだこれ」
「なんだ?」
と口々に言った途端、絶叫した。わたしは全身が凍る感覚に陥る。黒髪の女性を見ると、相変わらず満面の笑みで、カーテンを見ている。
「さて、如何でしょうか? アビリティを交換した感覚は?」
女性がそう言うと、男性たちはカーテンの奥から出てきた。
雰囲気がなんか違う。
着ている服、顔貌、何もかも変わっていないはずのに、彼らには圧倒的オーラが漂っていた。
「なんか自信が湧いてきた」
「これで今度の大会、優勝しような!」
男性たちは固い握手をすると、
「質屋さん、ありがとう!」
と手を振って、店を出た。
「なんだったのかしら?」
わたしは戸惑っていると、
「あら、まだいましたの」
女性はキョトンとした顔でわたしを見ていた。
「なんか、興味があってね。でも、もうさっさと出て行くわ。じゃあね」
わたしは店を出ようとすると、
「あなた、そのバッグを売るほど、困窮しているのではないですか?」
女性の言葉にわたしは立ち止まり、こころに槍が刺さる。
「今、繁忙期でして、人手に困っているんですよ。どうです? ここで働きませんか? 給料は弾みますよ」
女性はそう言って、金額を言った。前の会社の約二倍だった。わたしは生唾を飲む。
「まあ、今すぐ決めなくてもよろしいですので。とりあえず、多少は手伝ってくださいませ。バイト代はちゃんと出しますから」
女性は胸ポケットから名刺を取り出すと、
「あたくしは、銀龍アヤと申します。以後お見知りおきを」
そう言って頭を下げた。
「わたしは池崎かごめよ。よろしく」
わたしはアヤに手を差し出す。アヤはその手を握った。

翌日からはじまったわたしの新しい仕事――アビリティ質屋十六夜M4でのお仕事は、バックヤードでテレビ・ビデオ鑑賞することだった。店主・アヤがありとあらゆるお笑い番組を録画し、撮りためた番組を一つずつ見ていく。
お笑い番組を見るのは苦ではないし、むしろ好きだけど、仕事となるとやはり気合いが違う。どうしても純粋に楽しめない。
わたしは時計を見た。時間は夜の六時を指している。そういえば、今日は日本一の漫才コンテストの生中継がある日だっけ。
録画の番組も良いけど、やはり生には負ける。そう思って、テレビのチャンネルを合わせた。
次々とお笑い芸人が出ては消えてく。面白く笑ってしまうものもあれば、決勝のはずなのに、自分のツボにはまらなかったのか、つまらないものもあった。
そんな中、どこかで見た二人組が現れた。服装こそ違うが、この前、店で会った二人組だ。
わたしは二人の漫才に釘付けになった。そらそうだ。かなり面白いのだから。仕事だと言うことを忘れ、笑ってしまう。息が苦しくなるほど、笑った。
三分間の彼らの漫才が終わり、大きく深呼吸をして、息を整える。丁度CMに切り替わったので、持ってきたペットボトルのお茶を飲もうと冷蔵庫へ向かった。
「こちらまで大笑いが聞こえてきましたわ。そうとう面白かったようですわね」
鈴のような楽しそうな声が聞こえてきた。振り返ると、アヤが不気味に微笑んでいた。
「ちょっと? 変な仕事を押しつけてきたから、わたしはやったのよ。あなたにとやかく言われる筋合いはないわ。笑ったのは仕方がないでしょ。おもしろかったのだから」
「別に、怒っているわけではありませんわよ。面白いかつまらないか、を確かめて欲しかっただけなので。いくら面白くても、今までテレビに出ることが出来ないほど『目立てなかった』のですから、あたくしはこちらの質流れを手に入れることが出来て良かったかしらと思っているのですよ」
「はあ……」
わたしは溜息しか出ない。
「とにかく、うまくいきそうで、良かったですわね」
言葉とは裏腹にアヤの水色の瞳はやや悪意に満ちていた。わたしは背筋が少し凍った。

テレビに戻ると、審査はもう終わっていた。
優勝は――なんと例の二人組だった。二人はお互いを抱き合い、子供のように泣いていた。
苦節十五年とMCの人は言っていた。やっと夢が叶って良かったな、と胸をなで下ろした。

次の日の昼過ぎまで客は来なかった。やっと来た客は、明らかに成金としか言えない高級ブランドの服や、絢爛豪華な宝石や貴金属を身につけたケバい中年女性だった。
女性が欲していたのは、『愛される能力』だった。
具体的な理由は聞かなかったが、そんな服装をしていれば、そりゃ誰でも引くし避けるよ、と心の中で呟く。
アヤは機械的に大金を受け取ると、女性を奥のカーテンに招き入れた。女性も叫んだいたが、アヤは全く気にする様子もなく、満足そうな笑みでカーテンを見つめていた。
女性は満足そうに帰って行った。

「ねえ。アヤさん。コレで良かったの?」
わたしは給湯室でポットにお水を入れているアヤに聞く。
「コレって、何がでしょうか?」
「あのお笑い芸人の質流れだよね?」
「ええ、そうですが」
わたしはアヤの涼しげな顔にイラつきながらも、
「へえ。売ったのか……。一体いくらで?」
アヤは一瞬躊躇を見せた。意外な姿に驚きながらも、
「聞かせてくださいよ。わたし、ここで働いているんですから」
と、ヤジ馬根性で聞いてみた。
「わかりました。耳を貸してください」
アヤはそう言って、わたしに耳打ちをしてきた。
おそらく都心で立派なビルが一軒建つぐらいの金額を聞いて、目の前がクラクラする。
「そんなにもらったの? 法外すぎるわ!」
「妥当な値段だと思いますが? だって、努力なしで簡単に才能が手に入るんですよ。それだけの代償はあって然るべきかと」
「そんなものなの?」
「そんなものですわ」
わたしはなんだか脱力した。
アヤは腕時計を見ると、
「ああ。もう六時を回っているのですね。残業代は出しておきますので、ご帰宅くださいませ」
と真顔で言うので、
「ええ。こっちももらえるものはもらうわよ。そんな金額を客から巻き上げているんだからね」
わたしは強気で言い切った。アヤはわたしの言葉を聞いてかどうかは分からないけど、うっすらを笑う。
「何がおかしいのよ」
「いえ。あなたみたいな人をこちらは求めていたので。うれしいだけですよ」
アヤは柔らかな表情でこちらを見た。

秋も深まっているなあ。まだ六時なのに、もう星々が見えているぐらい真っ暗だ。
わたしが来たことをアヤは喜んでいたけど、なぜ彼女がそう言うのか、このときはさっぱり理解できていなかった。

わたしは、一週間、行くところも収入もないので、とりあえず「十六夜M4」に通って……いや通勤していた。
店に来ても、なにも起きない。客も来ない。何にもないので、テレビを見て過ごす。店主であるアヤも一緒なので、怒られない。それどころか、アヤは寝てしまっている。
確かにあまりにも暇なのだ。そりゃ、眠たくなるに決まってる。正直、わたしも眠い。
大きなあくびをしたわたしは、眠らないように、目をこすって、ワイドショーが映るテレビを見ていた。
「あ」
突然、わたしの眠気は吹っ飛んだ。
というのも、いつかのお笑いコンビが来ていたからだ。
痩せた方も太った方も晴れ晴れとした顔をしている。そら、優勝したら誇らしげになるのは当然だ。
でも、なんか番組の様子が変だ。
話す内容がことごとく滑っている……どころか、ドン引きされている。
今は昼間だ。しかし、彼らの話題は昼間の茶の間に流して良い話題ではないのだ。下品というか……下ネタの部類なのだ。とてもじゃないが書き起こしそうに出来ないレベル。そういうのは、お酒の席ですら苦手なわたしなのに、素面でこの話題を聞くのは、結構キツい。
番組をこのまま見続けることがイヤになったので、テレビを消す。
「あら、テレビを切ったのですのね。面白くなりそうでしたのに」
ソファで寝ていたアヤが起き上がった。
「え、アヤさん。こういうの、好きな方で?」
「いや、そういう意味ではなく。この後のことが面白くなりそう、って意味で」
「は……はあ」
アヤをからかったつもりが、逆にはぐらかされた感じになってしまった。アヤはどういう意味でそう言ったのか……。わたしの頭には疑問符が浮かんだ。

その翌日、わたしは出勤し、バックヤードに来ると、アヤはラップトップPCのキーボードを叩いていた。不気味にニヤついている。
「アヤさん、どうしたの。やけに上機嫌だけど?」
わたしはカバンを下ろすと、アヤのコンピュータをのぞき込む。
「ああ。ちょっとソーシャルネットワークサービスを見てまして。なかなか面白いですわね」
「SNSって言えば良いのに……。って面白い? どういうこと?」
「こういうことです」
アヤは自信のコンピュータの画面をくるりと回し、わたしに見せた。
画面の文字には、例のお笑いコンビの名前と、世間の批判の声が書かれていた。
「最悪! あんなキツいネタ、夜中でも見たくない!」
「いくらネタが面白くても、空気が読めないって……」
これ以上、つらくて文字が見られず、目線を画面からそらす。
「かごめさん。そんなつらい顔なさらなくてもいいのに」
アヤはコンピュータをシャットダウンさせると、
「こんな世間の声を集めただけの記事もどうかと思いますけれども」
と前置きをして、
「目立つ、っていう才能は、逆にこんな風に作用するのですのね」
と笑った。
「どういうこと?」
言っている意味が分からないわたしは首をかしげ、アヤに尋ねる。
「おそらく、目立つ才能で『悪目立ち』しちゃったんですよ。で、愛される才能を売ってしまったから、誰からもかばってもらえず、炎上しちゃったのかもしれませんね」
アヤはわたしの目を見て、微笑む。
「前の持ち主も、そんな感じでした。悪目立ちしたのに辟易したから、売ったんですよ」
アヤの言葉にわたしは顔から血が引いた。それから、怒りを覚え、
「あんた、それを分かってて!」
と叫ぶ。
「麻雀って知ってます? アレ、一つ牌を取ると、一つ牌を捨てなきゃいけないでしょう。才能はそんなものですわ」
アヤはわたしに反論をさせまい、と言いたいように、一気に話をたたみかける。
「まあ、あたくしの場合は牌が足りないんですけれどもね」
と少しつらそうな顔をした。
「なにがあったの?」
わたしは「とりあえず」聞く。しかし、バックヤードにチャイムが響いた。誰かが入ってきたみたようだ。
「いえ、今は話すべき時期ではないようと思われます。それより、お客さんが来たようですわよ」
アヤは立ち上がり、表へ出た。