パイロット版「西風が吹く」を更新しました。

「銀のトビラを開くアヴァロン・セレスタイト」
「今日は明日の物語~西風が吹く」のパイロット版です。
サークル誌に載せる予定だったのですが、抜けたので、web公開。
書いた日付は2年前の11月です。古い……。
今、設定を整理中です。
ちゃんと書き始めるとすれば、
多分、主人公はアヴァロンじゃなくって、ゼフィになりそうです。


「表現の自由」の話。
今アップした話は政治家の話なので、ついでになりますが。

「表現によって犯罪が助長される」から規制するっていう話らしいんですけど、
そもそも、犯罪を犯す人が悪いのであって、
表現側がどうして自重しなきゃいけないんですか? から始まるんですよね。

なんか規制賛成派から出てきそうなので、あらかじめ書いておくんですけど、
「バンデューラのポポ人形実験」という心理実験……というか、研究(観察法)があります。
まあざっくりと言えば、
「子供を二組に分け、暴力的な動画を見せた群と見せなかった群でその後の遊びに影響があるか」
というものです。
結果は「暴力的な動画を見せた群は暴力的になった」となりました。
規制賛成派から、
「ほら! やっぱり暴力的なもので子供は暴力的になるじゃないか!」と来そうですけど、
はたして「暴力的なもの」は創作物だけでしょうか?

この「ポポ人形実験」は、「周りの環境で子供の暴力性が高まる」という結果になっています。
つまり、創作物以外、我々大人の影響でも受けるんです。
創作物は環境のひとつでしかありません。
子供を取り巻く保護者たちの環境の影響も受けるんです。
大人が「暴力はいけないよ」と言えばいいだけの話なんです。

「創作のみの影響で犯罪が増えた」というデータがあったら、話は別です。
考え直します。
ただ、私が思いつく&調べた限りは、今のところこれが限度です。

そもそも、たった一つの要因で、人間は恐ろしく変わるでしょうか?
人間ってそんなに単純な生き物だとは思えません。
研究が進むことを祈っています。

で、

「創作の読み方」も教える時代になってきていると思います。
「悪役を演じた人は悪人」「悪人が主人公の話を書く人はクズ」と、
思い込む時代はとうに過ぎました。
子供に創作は虚構だ、という事をある程度の年齢になったら、教育する時代です。
そして、何かしらの影響を受け、行動をおこしたら、その責任は負わなくてはいけない、
誰かのせいにしてはいけないと教えなければいけません。

創作家は発信する限り、少なからず影響力を持っているという自覚は必要ですが、
すべての責任を負う必要はないはずです。
どうして犯罪の一因の責任を負わなくてはいけないのでしょうか?
繰り返しますが、犯罪で悪いのは「犯罪者」です。

そういや、クリスティの小説のトリックを利用した事件があったけど、
それってどうなっているっけ?
もし、「犯罪の責任を創作家が負う必要がある」なら、
クリスティも犯罪者になってしまうけど……。
でも、違うでしょ? クリスティはあくまで小説家。
言いたいのはそういうことです。

創作は虚構と書きましたが、実際は、現実と創作は繋がっています。
我々、創作家は現実を見て創作をしますし、
受け手側は創作の力を得て現実を生きる。
それが人間です。
創作物には生きる希望を持たせる力があります。
ですが、後者ばかり見ている人が多すぎます。
まずは、前者「現実を見て創作をする」が論点になるべきなのです。
というのも、「規制の名の下に」、
「現実のおかしなところ」を創作で問題提起することを禁止されてしまえば、
権力に対して、平和的にペンで戦うことが出来ません。

「子供のエッチな創作だけを規制するだけだよ」とか反論されそうですけど、
国家権力の締め付けは、極一部からスタートするんです。
反ナチスのメーニラー牧師の有名な詩があります。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義者ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき(wikipediaから引用)

共産党がナチスと同じ事をするなんて、皮肉にもほどがありますね……。

まあ、このように歴史が物語っているんです。
だからこそ、今、アマチュアでも、創作家は声を上げるべきなのです。

……共産党員って、国に対して声を上げ、投獄された歴史があると聞くんだけど、
先人達の苦しみを忘れているのかな……?

まだ自分でも考えがまとまってないので、まとまったら、noteにあげようかな。