ケース5「学校にて」

 わたしは教卓を勢いよく叩いた。それから、生徒たちに見せびらかすように、真っ赤に染まったぞうきんを掲げる。
 今時の十七の子供は繊細なのだろうか。口元を押さえながら、青ざめる女子が何人もいた。男子生徒たちは顔色を悪くしながらも、そのぞうきんを不思議そうに見る。
「このぞうきんは、この教室の黒板についていた血糊を拭いたものです。皆さん、心当たりありますよね? こんなイタズラ、名門たる高尚学園の生徒として、風紀を乱す存在です。わたしたち教員はこんな犯罪じみたイタズラは許せません。もちろん、犯人の退学も視野にいれています。今のうちに名乗り出たら、自宅謹慎だけで済ませてあげます。さあ、さっさと白状なさい!」
 声を学校中に響くように、わたしは声を張り上げた。
 生徒は誰も手を上げず、うつむいたままだ。声も発しない。
「ちょっといい加減になさい。どうして、正直にならないの? みなさんには正義の心なんてないのかしら?」
 わたしはもう一度教卓を叩いた。固い木の音が教卓の足の金属に反響する。
「あの、先生」
 安藤が手を上げた。ポニーテールが揺れ、くりっとした大きな二重の目でわたしをにらみつける。
「あら、あなたがやったの?」
「いいえ」
「なら、なに?」
 安藤は鬼の形相になり、
「どうして犯人がこのクラスにいるって決めつけるんですか? ちゃんと調べたんですか?」
 わたしに負けないぐらい声を張り上げる。
「このクラスにいるに決まっているのよ。だって、このクラスの黒板が汚れていたんだから!」
 このわたしの声よりも安藤はもっと大きな声で、
「ですから、決めつけないでください! 証拠を出さないで決めつけるなんて、大人のすることですか?」
 わたしに反論してきた。
 ははん。この分じゃ、安藤が犯人だわ。自分から名乗り出るなんて、バカの極まりね。
「安藤さん。今から教務室に来なさい。お話があります」
 わたしは安藤の目の前に立った。安藤は小柄ゆえ、わたしを見上げる。くちびるは震えていた。
 その表情が何よりの証拠よ。
 安藤は生意気で嫌いな生徒。でも、成績優秀で、周りの教師からの評判も良かったから、なかなか注意できなかったのよね。でも、こんな不良だったとは。
 ちょうど良いわ。
 こんな子は退学にしないと、この名門、高尚学園の風紀をもっと乱れるに決まっている。

 今、わたしは行きつけの居酒屋にいる。カウンターしかない小さな店だ。
 結局、安藤は黒板を汚したことを認めなかった。
 さっさと自白すれば楽になるわ、って言ってあげたのに、やってないことをやったと言う方が、不誠実だと言って、犯行を認めなかった。
 こんな日は呑まないとやってられないわ。
 夏のロックは最高ね。
 安藤も含め、みんな正義に対して不誠実なのよ。
 どうして、それに気がつかないのかしら?
「今日はとても不機嫌ね。そんなに仕事がつらいの?」
 割烹着姿の飲み屋のママは笑顔でわたしを見る。
「そうね。仕事が上手くいかなくって」
 わたしがそう言った瞬間、ガラリと戸が開いた。少し暑さが入ってくる。
「マジで二軒もはしご酒するつもりなのか? 五時から呑むって、正気の沙汰じゃないと思っていたが……」
「呑まなきゃやってられないんです! 教授ったら、わたくしを呼び出したと思ったら『君は理学部に来ない方が良かった』とか言うなんて! 酷いったらありゃしないです! アカハラですよ!」
「いくらさ、あたしたちが呑めるからって、これ以上呑むのは毒だぞ……」
 風に揺れる風鈴のような澄んだ二つの声が聞こえてきた。一人は丁寧な口調、もう一人はまるで不良みたいな口調だ。
 振り返ると、絶世の美女が二人いた。同じ顔だ。双子だろう。二人とも深い藍色の目が印象的なキレイな女の子だ。しかし、印象はまるで違う。お嬢さまとチンピラだ。
 上品な方は「ただいま読書中」、チンピラ風の口調は「読書おしまい」と書かれていた。
 この妙に間の抜けたTシャツにわたしの酔いは少し抜けた。あんな、変なシャツ、どこで売っているんだろう。
 変なTシャツにジーパンの双子の大学生は、ママの言う席……わたしの席の隣に座った。
「まあ、呑むなら、冷やがいいな。美味しいのはどれだ?」
 チンピラな女の子が、ママに尋ねる。
 ママは、優しく地方のお酒を勧めていた。そして、合うおつまみを用意するわと言って、奥へはいていった。
 二軒以上回っているのだろうか。チンピラは、結構呑んだと話してるけど、ふたりとも顔は赤くなってない。不気味なぐらい真っ白な肌をしている。まるで雪のようだ。口調もしっかりしている。どう見たって、素面にしか見えない。本当に呑んでいるのだろうか。
 でも、女の子は醜態をさらしてはいけない。ここはきちんと人生の先輩として、伝えなければいけない。そんな使命感に駆られ、
「ねえ、あなたたち。呑みすぎはよくないわ。すごく可愛いんだから、悪い奴に襲われるわよ」
 わたしは隣の悪態をつくお嬢さま風の女の子に話しかける。
「もっと言ってくださいよ。姉貴ったら、ハイペースでちゃんぽんしているんスよ。ビールからワインにシャンパン、日本酒、焼酎、ウィスキーと、色々呑んでいるんスよ。ちゃんぽんって、悪酔いしやすいと聞くんで、もうやめとけって言ってるのに……」
「呑まなきゃやってられないのです! 今日は呑むって決めたのだから! あなたも付き合いなさい!」
 お嬢さま……姉の方はカウンターを思い切り叩いた。
 キンという食器がこすれる音がした。
 
 その瞬間。

 双子の表情は硬くなり、さっきの緩い顔つきから、まるでビジネスマンのような目になり、わたしを見た。
「あなた、絶望してますね?」
 双子の姉の方が話しかけてきた。本当に酔っ払いなのか? キリリとした厳しい声だ。
「絶望? 一体なんのこと?」
 わたしはロックのウィスキーを仰ぐ。カランと氷の音がする。
「例えば……。生徒が言うこと聞かない、とかかな」
 妹の方はまるで悪役みたいにゲラゲラ笑う。
「ど……どうして、わたしが教師って分かったの?」
 動揺を隠すように、ウィスキーを一気に呑み込んだ。喉が焼けるように熱くなる。
「スーツの胸のバッジ。高尚学園の教師がつけているものです。生徒の見本となるなら、バッジをつけた状態で呑まない方がいいですよ」
 姉の方がわたしのスーツの胸元を指さす。たしかに、わたしは高尚学園の教師のバッジをついている。
 こわ……。このバッジを知っている人がいるなんて。基本、うちの学生ぐらいしか知らないはず……。
「もしかして、卒業生? あなたみたいな子、高等部にいたかしら?」
「へえ、あんた。高等部のほうなのか。なら、知っているはずねえな。こいつ、中等部でやめてっから」
 震える声で尋ねると、妹の方は、姉を指さし、つきだしをほおばっていた。
 確かに中等部で辞める生徒は多い。進学校ゆえ、授業についていけないのだ。
 こいつもその口だろう。
「ああ、今思えば、演劇部を体育館ごとぶっ壊したのはいい思い出だな。だが、あんたみたいなバカがまだいたなんて、ショックを受けているけどよ」
 妹は意味深げに発言をする。
 こんな印象深いヤツがいたら、絶対に記憶に残っているはずだ。それにこんな美女なんて、絶対、忘れるはずがない。
 なんか怖い……。
 ママが冷や酒と謎の菜っ葉のごま和えを持ってきた。双子の前に置く。
「ママ、会計するわ」
 こんな不気味な双子と呑むなんて、最悪な気分よ。
 怖くなって、震える手で財布を取り出す。
「あの、先生? 言っておくことがあります」
 姉の方が、強い目で財布からお金を取り出すわたしを見た。
「何よ。こっちはもう帰るんだから」
「人の意志を自分の思い通りにさせるのは大問題ですよ。そんな身勝手な絶望はさっさと捨ててください」
 わたしの言葉を遮るように、姉の方はキツい口調……酔っ払いのふざけた怒りではなく、まるで裁判官が判決文を読むような冷徹さでこう言ってきた。
 裁判なんて、ドラマでしか見たことないけど。
「うるさいわね。説教でもするつもり?」
 不機嫌の頂点に立ったわたしは、少し怪訝な顔をするママから、おつりをぶんどると、イライラとしながら、店を出た。
 店の涼しさとうってかわって、外はムッとする暑さだ。
 この暑さも相まって、ムカつき度は増していった。
 あんな小娘にこんなことを言われる筋合いなんてないわよ。
 ああ、すっかり酔いがさめちゃったわ。
 どこかで呑み直そう。

 翌日、昨夜は少し呑みすぎたようだ。でも、この程度で休むわけにはいかない。
 いつも通り、モーニングルーティンをこなし、家を出た。
 学校での朝のミーティングが終わったあと、今年採用されたばかりの教師、和田が話しかけてきた。
「あの、安藤さんのことなんですが」
 和田はなよなよしていて、気持ちが悪い。いわゆるモテないかわいそうなオタク男ってところね。こんなのは男じゃないわ。
「なによ」
 わたしは強い口調で、和田に訊く。
「昨日の安藤さんへの指導はやり過ぎだと思います。あんなに詰め寄って、一体何がしたいんですか?」
 和田の声は弱々しかった。
 そんなみみずみたいな声でわたしに指図するつもりなの?
 生意気。
 わたしは和田に詰め寄り、
「あんたねえ。教師って言うのは、強くなきゃいけないのよ。特に女はね! 男には分からない苦労はあるのよ。男がわたしに指図しないでくれる? しかも年下のくせに!」
 キツく叱ってやった。
 和田は元々血色の悪い顔だったが、ますます血色が悪くなった。
「では。わたしは教室へ行くので」
 わたしは和田を軽く突き飛ばすと、そのまま教員室を出た。
 教室に行く道すがら、わたしは不満が泉のように湧き出きた。
 まったく、みんな、どうしてわたしの話を聞かないのかしら。
 今まで、反抗的な生徒はいた。でも、そいつらは、正義感の欠片の一つもなく、不良だったから、みんな辞めさせた。
 いくら頭が良くても、風紀を乱す悪い因子を持つ生徒は邪悪だ。
 そういうヤツがひとりいるだけで、空気が悪くなる。
 でも、あんな、男気のないヤツまで、正義心の塊であるわたしに反抗してくるなんて。
 教師の力は大きい。
 和田みたいな教師のせいでどれだけの不良が生まれるか。
 こいつもさっさと辞めさせないと。
 わたしは親指を噛んだ。

「今日もイタズラを自白しなかったのよ。最悪だわ」
 わたしは、今、レモンをしぼった麦焼酎の炭酸割りをあおりながら、彼氏と電話している。
 本当はデートの予定だったのだけど、忙しいからと電話になった。そりゃ、IT系のベンチャー企業を経営していたら、忙しいに決まっている。
 それにしても、こんなエリートが彼氏なんて、わたしってすばらしいわ。
「そう、それは大変だね」
 彼氏の声はとても優しい。それにくわえ、顔も良い。その顔に会えないのはとても残念である。
「あの黒板の血糊は絶対安藤がやったはずなのに、安藤ったら、あれは、前々からうちの学校に不満を持っている大人たちの仕業だって言うのよ。愉快犯の可能性が高いって。SNSの書き込みからだそうよ。そんなの信用に値しないわ。そんなはずないのに。うちの学校をなんだと思っているのかしら」
「そうなの」
 ボリボリ何かを食べる音を立てながら、彼は笑う。
「ごめん。ボク、明日、早いんだ。もう、寝るね」
 彼は申し訳なさそうに笑う。
「そう、じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
 ああ、愚痴をもっと言いたかったけど、彼の都合もあるしね。仕方がないわ。
 わたしは炭酸割りを一気飲みすると、そのままふて寝した。

 週が明けても、安藤は白状しなかった。だが、時間も有限なのだ。こいつにばかり構っていられない。安藤のことを教頭に報告しに行こうと思っていたとき、わたしは理事長に呼ばれた。
 やっとわたしの努力が認められて、出世かしらとウキウキ気分で理事長室へ向かった。
「君、とんでもないことをやっていたんだね」
 しかし、理事長をはじめ、ずらりと並ぶ理事たちが部屋に入ったわたしを冷ややかな目で見ていた。
「え?」
「身に覚えはないのかね? 君のイジメで心が病み、辞めざる得なかった子がSNSで告発したんだよ。君の実名は、今ネットで話題になっている。さすがに顔写真はないから、その面では大丈夫だろうが」
 デブで不潔な理事長は偉そうにふんぞり返る。
 一体何を言っているのよ?
「やっと炎上事件が落ち着いてきたっていうのに! また膿が出たりなかったのか!」
 ハゲ面で間抜け面の副理事長は頭を抱えていた。
「落ち着いた……?」
「今から数年前、中等部で不思議なことが起きてたんだ……。とある中等部の女子生徒の周りで色々イジメが露呈したことがあってね。知らんかね? 全国大会で何回も優勝したことがある演劇部が廃部になった話を。それに彼女は関わっている。その子は事件のあと、すぐに辞めちゃったがな……」
 まさか! うちの学校の体育館を壊したとか言っていたあの美女のことかしら?
 いや、そんなバカな。
 そんなバカな偶然はあってたまりますか!
 わたしは拳にグッと力を込め、
「教師として、わたしはイジメを寛容してませんし、わたしも、もちろんしておりません。デマです。名誉毀損でその子を訴えることも考えておきます」
 頭を下げ、理事室から逃げるように出た。
 そのまま教室に行こうとしたら、教頭に自宅謹慎の指示を受けた。
 どうしてわたしが? と反抗するが、教頭は、きちんと給料は支払うし、風化を待つだけだから、と言って、わたしを帰らせた。

 それから三日。
 わたしはピラティスに精を出していた。
 動かなかったら、太る一方だしね。
 今日もネットの動画を見ながら、ピラティスをしていたときだった。
 チャイムが鳴った。
 さっき注文した出前かしら。
 やけに早いわね、そう思いながら、戸を開けると……!
 この前、居酒屋にいた美女ひとりいた。あのときと違って、清楚な白いワンピースを着ている。
「こんにちは。あなたは、今、お酒ではなく、正義に酔っているようですね」
 口調から、姉の方らしい。姉はぎこちない笑みでわたしに優しく声をかける。
「何よ。宗教の勧誘?」
 わたしは戸を閉めようとした。しかし、戸に足をかけた美女は、
「一つ言いたいことがあるんです」
 美女は大きく息を吸う。
「自分の行いがすべて正しい、正義と思い込むのは危険ですよ。勝てば官軍って言うじゃないですか。正義ってそんなものですよ。さて、あなたの本性を暴こうとしますか」
 一気にこう言い放ち、邪悪な目でわたしを見た。雪のように透き通った肌と真っ赤なくちびるのコントラストに背筋が凍る。
 本性?
 何が起きるって言うの?
 美女は指を鳴らし、わたしを指さした。
「闇の力を以て、天誅を下す! 汝、真の姿を顕せ! さあ、正義を見せますよ!」
 謎の呪文を唱えた美女は、満足した様子で、
「さて、これでいいでしょう。どうなるか楽しみです」
 美女は足を引っ込め、そのまま玄関は閉まった。
 一体、何が起きたというの……?
 全身に力が入らなくなり、へたり込んだ。真夏だというのに、真冬のような風が吹く。
 しかし、わたしは悪いことを一切してないのよ。
 それは天に誓って言える。
 あの女の言う事なんて、信じるに値しないわ。

 その翌日のこと。
 わたしは美女のことをすっかり忘れていた。
 給料ももらって、休めるなんて、天国みたいだわ。
 悠々自適ってこういう生活かしら? と思って、お笑い芸人がゲームをする動画をずっと見ていた。
 
 そのときだった。

 チャイムが鳴った。
「なによ、良いところだったのに。宅配便かしら」
 わたしは動画を止めると、玄関に向かい、扉を開けた。
「あの、高尚学園の先生ですよね?」
 いたのは大きな一眼レフカメラを持った男性だった。
「ストーカーなら、通報しますよ」
 わたしはぶっきらぼうに玄関を閉めようとした。しかし、男の力強い手はそれを止める。
「こちら、週刊誌の記者なんですよ。はい、名刺」
 わたしは男が見せる名刺をぶんどって見た。確かに有名な週刊誌の名前と氏名が書いてあった。
「で、その記者がなんのようなの?」
「いやあ、おたくさん。生徒を何人も辞めさせているって聞きましてね。やっと突き止めることができました。ちょっとお話を聞かせ願いますか?」
 無礼な!
「確かにわたしは生徒を辞めさせたことはあるわ。でも、素行が悪いから、生徒指導しただけよ。言うことを聞かないから、上に報告して辞めさせただけよ。分かる? 悪いのは生徒の素行。理解できて?」
 わたしはきちんと主張する。
「いやいや。とある女の子にも取材したのですけどね、あらぬ罪をかぶせているって聞きました。すべての生徒がそうとは思いませんがね、他の生徒もそうだったのではないですか?」
 人をバカにした表情で記者はわたしを見る。
「胸くそ悪いわ。帰ってちょうだい!」
 わたしは男の手を気にせず、勢いよく戸を閉めた。
 ムカつく。
 こんな男がいるから、女は苦しめられるのよ。
 昼間だが、かなりムカついたので、発泡酒を開けた。泡が弾ける音が心地良い。
 呑まないとやってられないわ!

 気がつけば、買い物に外へ出られなくなっていた。
 というのも、いつもカメラがわたしを狙っているからだ。
 彼氏に怖いとメッセージを送ったら、そうだよね、という返信しか来なかった。
 もうちょっと心配してくれてもいいのに。
 男って、こういうところに融通聞かないわね。
 まあ、いいわ。出前と動画があれば、一日つぶれるし。お金は入ってくるのだ。
 久々にテレビを見ようかしら。昼間はワイドショーよね。生の番組を見るのは久々だ。
「高尚学園の教師による……」
 ふうん。うちの学校の話題ね。そういえば、何年か前にもあった気がするわ。
「イジメ問題が……」
 イジメ問題? え? 一体何が起きているの?
 電話が鳴った。わたしはテレビを消し、受話器を取る。
「とんでもないことになってしまった。君を辞めさせるしかもう方法がないんだ」
「はあ?」
「ちなみに懲戒処分なので、退職金は出せないからね」
 わたしへのあまりの乱暴な扱いにカチンときて、返答をせず、勢いよく受話器を戻した。プラスティックの嫌な音が部屋中に響く。
 わたしが何をやったっていうの?
 これもすべて悪がはびこっている社会が悪いのよ。
 社会が正義の行動をしているわたしの努力を認めないから! すべてわたしのせいにする!
 わたしは何一つ悪いことをしていないのに!

 そのまま、学校とは、郵便でそのまま縁を切った。
 これからのことを彼氏と相談しよう。
 そう、わたしにはとても素晴らしい彼氏がいるのよ。彼と結婚すればいい……。
 と、思っていたのだけど。
 「キミの身勝手さに我慢してきた。でも、こんなことになったらもう無理だ。さようなら」とそれだけのメッセージだけで別れを告げられた。
 もちろん、返信したが、既読にならず。
 おそらく、ブロックしたのだろう。
 あの男め。今まで理解者のフリをしてたのね。
 思えば、なかなか会ってくれない最低なヤツだったわ。他にも女がいたに違いない。
 こんな不正が許されるすべて社会が悪いのよ。
 社会が良くなっていないから、正義のかたまりであるわたしがこんな目に遭っているのよ。

 しばらく、外へ出なかった。外へ出るとカメラマンがいそうだからだ。
 怖くて仕方がなかった。どうして、何も悪いことをしていないわたしがこんな目に遭うのか、怒りでどうにかなりそうだった。
 ある日、手紙が届いた。
 宛名は「黒谷鏡子」。切手は貼っていない。
 誰だ?
 わたしは不審に思いながらも、手紙を開ける。
「お久しぶりです。この前、居酒屋で一緒になった者です。この前伺ったとき、何も分かっていなかったようなので、また伝えますね。何でもかんでも人が悪いって思うのは危険です。内省はとても大事なことのはずです」
 そのあとも長々と文章が綴られていたが、ムカついたわたしはその手紙を引きちぎり、生ゴミ入れに捨てた。
 みんなわたしの敵なのね!
 最悪だわ!
 そう言えば、SNSに告発があったって言うわよね。
 わたしもSNSでこのことを告発すればいいのだわ……。
 そうね。そうよ。きっと分かってくれる人はいるわ。
 いえ、みんな、分かるに決まっている。
 社会正義は我にあり!
 悪は滅びる運命にあるのよ!
 わたしはSNSのアカウントを作った。
 そしてこう書いた。
「違法かつ不当に解雇されました。わたしたちは社会正義のため、このような悪と戦わなければならない」